なぜバロックは終わってしまったのか

ネタ記事です。専門的な話ではありませんのであしからず。

 

さて、私はバッハが好きです。バロック音楽が好きです。大して詳しくはないのですが好きです。

しかし残念なことにバロックの時代は終わってしまいました・・・

バロック、古典、ロマンと時代が移っていくわけですが・・・。

これって不思議じゃありませんか?

 

私は先にも述べましたがバロックが好きですし、バロックの技巧・様式が大好きです。

他にもたくさんバロック音楽のファンはいます。

おそらくバロックの流行が終わってもバロック音楽が好きな人はいたはずですし、その中には作曲家だっていたでしょう。

であればバロックの形式で書かれる曲は最盛期ほどではないにしろコンスタントに増えていくはずです。

流行の終わり=バロック音楽の終わりというわけではないですよね。

ですが実際には衰退し、バロックの技巧や様式を用いる作曲家は多々いますが「正にバロック」というものはほとんどないように思います。

なぜか。

試しにバロックぽい曲を作ってみようか?と考えたとき、いくつか「やっぱやめとこー」となる原因に思い当たりました。

 

①音楽の形式はある種縛りプレイ

縛りプレイ・・・ゲームなどで自ら制限を課すことで難易度を上げる遊び方

現在の音楽は昔よりずっと自由です。

古い時代の音楽には「音楽とはこういうもの」「こう作るもの」という暗黙の決まり事だったりガイドラインだったりがありました。

必ずしも何かを制限するものではなく、曲を作るためのいわばマニュアルでもあったのですが。

それが時代を経るにつれてマニュアルになかった新しい方法、または新しい音楽の形が発見されていきます。

音楽家が作れる物の選択肢が増え、作るための道具も充実してきたわけです。

 

制限のある中で作る、というのは悪いことではなく、むしろ制限の中でいかに表現するかというアイデアが次から次へと出てくるのでクオリティとしてはむしろ上がるかもしれませんが、いざあれもこれもできるとなるとどうしても試したくなってしまいます。

 

例えばロックでも、三十年前の曲を聞くと音の少なさにびっくりしますし現在の音楽がいかに多くの音を使っているかがわかるかと思います。

ところが聴いたあとに印象が残るのは昔の音楽のほうではないでしょうか?

年々音楽が口ずさみにくくなっているんです。

以前は使える音には限りがありました。

多重録音も今ほど楽ではないですしコンピュータも発達していないので気軽に色んな音を使うこともできません。

なので限りがある中で印象に残るよう工夫する必要があったわけです。

ドラクエの音楽など現在の写真データの100分の一以下のデータ量なのに近年のゲーム音楽に遜色なく感動します(私はゲーム好きです!)

逆に言うとセンスがあればほんの少ない音でもいい曲が作れるはずですが、Deep PurpleのSmoke on the Waterのような曲はもう誰も作らないでしょうね。

 

②バッハが偉大過ぎる

これが最大の理由かもしれません。

バロックの時代、ヘンデル、スカルラッティなど天才はたくさんいるのですが、バッハはさらに遥か上を行く天才でした。

音楽の勉強をせずに聴く分には「お~、うまいもんだな。でもうまく音を並べたら俺らでもいけそうじゃない?」という印象もなくはないのですが、いざバッハ的な曲を作ってみようとするとちょっとやそっとの音感や知識ではどうにもならないことがわかってきます。

音楽を知れば知るほど彼が大変なことをしていたのがわかってくるのです。

近くに見えた背中を追いかけて走ったら、いくら走っても追いつかないばかりか本当は遥か遠くにいたことに気付いてきます。実は背中が巨大だっただけです。

こうなると、「もうや~めた!バッハがいるなら俺はいらねーや!」と部屋の隅っこでいじけたくなること必至です。

そんなこんなで私は作曲をやめました(笑)

 

でも今でもバロックファンは多いので、是非トライしてみてくださいね!(無責任)

ネタなのに長くなりすぎて反省

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